もりの作文

文章練習ブログ

あおり男の更生

あおり男の裁判が始まった。あおり男というのは、もちろん、昨年の8月、テレビで何度も何度も繰り返し流され、お茶の間を恐怖のどん底に叩き落した、例のドラレコ映像の男のことだ。このブログにも、その映像を貼り付けようとしたが、見事に失敗した。

 

あの事件以降、ドラレコの売り上げが飛躍的に伸びたそうだ。ドラレコ製造会社の社長は「得した人、損した人」で分類するなら、まちがいなく「得した人」である。では、損した人とは誰か? あおり男に殴られた会社員は当然該当するが、実は、もう一人いる。それは誰あろう、僕である。

 

理由。僕の姉は運転免許取得してから、20年、ほとんど運転したことのないペーパードライバーだ。その姉は買い物や遠出をする際、必ず僕に「連れていけ」と命令する。「姉ちゃんも免許あるんだから、練習してみなよ」と、ことあるごとに僕は言ってきたのだが、そのたびに姉は「まあ、そのうちね」とか「その気になったら」とか「いつかはやるけど、今じゃないね」と言葉のバリエーションたくみにごまかしてきた。

 

ところが去年の7月、なんの心境の変化があったのかしらないが、「そろそろ私も運転してみようかな」と言い出したのである。これは思いもよらぬ朗報である。で、まあ、いきなり路上は無理なので、スーパーの駐車場とか、近所の空き地みたいに広々した所に、僕が連れていっては、毎回5分程ではあるが、週1くらいで練習をするようになった。おそるおそるハンドルを握りながら、前進したり、切り返したりする姉を見て、「まあ少しずつでも慣れれば、いずれ僕も運転手から解放されるだろう」と思ってた。その矢先に、あの事件である。

 

練習開始1か月後にテレビで流された、あの恐怖のドラレコ映像を見て以来、姉は完全に運転を拒否るようになったのだ。

 

「せっかく練習をはじめた途端によオ! あんな映像を流されりゃあよオ! そりゃあビビッてハンドルも握れなくなっちまうよオ! 恨むんなら、あのあおり男を恨めよなア!」と言い出したのである。姉の頭の中に「運転する→あおられる→殴打される→ガラケー女に撮影される」の公式が見事にインプットされてしまったわけである。本当に迷惑な話である。

 

そして、その迷惑の原因を作ったあおり男が、驚くべきことに、おとといの裁判でなんと「反省した。しかし、私はまた運転がしたい。もう1度免許を取得したい。今度は模範的な運転手となりたい」と、発言したのだ。あんな無茶苦茶をした人間でも再び免許を取得できるとは!? どうなってんだ!? 日本の法律!? といくら怒ったところで、近い将来、あおり男は路上に復活するのである。

 

そうなったときはどうなるのか。そりゃ、僕のように気の弱いドライバーなら、あおり男が運転してるのを見たら、「やべえ」とソッコーで道は譲るだろう。でも中には、義憤にかられてる運転手だっているはずである。「あいつ、本当に反省したのか? いっちょためしてやれ」と、わざとあおり男の運転する車に幅寄せや割り込みをする輩も出てくるはずだ。その時、真価を問われるのは、あおり男である。

 

「俺はもう生まれ変わったんだ。模範的な運転手になるんだ」とガマンできれば、反省の言葉は本当だろう。しかし、うわべだけの反省だった時は大変である。プッツンした、あおり男はアクセルを踏み込み、あおった車の前にまわりこみ、急停車! 「ぶっ殺すぞこのガキ!そんなに地獄に行きてえのか!」と吠えるや、運転手に突撃して、必殺の窓ガラス越しパンチを1発! 2発! 3発! 4発! 5発! 翌日の羽鳥の番組で「あおり男がまたやりました」と、トップニュースを飾る・・ということになりはしないか。

 

そうなった時、僕は永遠に姉の運転手から抜け出せなくなってしまうのである。あおり男の心からの反省と更生を、心から願うばかりである。